環境情報の“翻訳者”オキュペイショナルハイジニスト
環境調査・計量証明事業者は、これまで長年にわたり、大気・水質・土壌・騒音・振動・悪臭といった環境項目の測定・分析を通じて、法令順守の担保や公害防止、生活環境の改善に大きく貢献してきました。これらの事業は、環境基本法や関連法令に基づき、精度と中立性が確保された公的な制度の中で実施されてきたものです。その意味で、彼らは「測定のプロフェッショナル」として高い信頼を得てきた存在であることに疑いはありません。
しかし、いま社会が求めているのは、それだけではありません。気候変動、生物多様性の喪失、有害化学物質による健康影響など、環境課題が複雑かつ構造的に広がるなかで、「調査によって得られたデータをどう読み解き、どんな行動をとるべきか」という“次の一歩”がより重視されるようになってきました。
たとえば、ある工場敷地で土壌中の重金属が環境基準を超えて検出されたとします。この測定結果そのものは、制度に準拠した技術をもってすれば正確に示せます。しかし、それが自然起源か人為起源か、拡散性はあるのか、どのような修復措置が現実的か、将来的な事業運営にどの程度の影響を及ぼすか──これらの判断には、単なる「測定技術」ではなく、現場経験、制度理解、修復工学、費用対効果などを統合的に評価する力が求められます。
このような「評価・提言」を含めたプロフェッショナルがオキュペイショナルハイジニスト(Occupational Hygienist)です。彼らは、有害な作業環境に対して単に測定を行うだけでなく、その結果に基づいてリスク評価を行い、管理策や工程改善の提言までを行う存在です。つまり、調査から分析、そして提言へ──一連のプロセスを一気通貫で担うことで、初めて“意味のある仕事”となるという考え方が根底にあります。
環境調査・計量証明の専門家も、まさに同じように進化することが求められています。これまでの業界では、ファイナンシャルアドバイザーや戦略コンサルタントなどが環境デューデリジェンス(環境DD)を請け負い、その一部である調査のみを外部の調査機関に委託するという構図が一般的でした。しかし、そのような分業型の手法では、得られたデータが意味するものを深く理解しないまま、表面的なリスク評価に終始する危険性があります。
実際には、データの真の価値は「測定精度」だけではなく、「解釈力」によって決まります。汚染源の推定や拡散挙動の評価、行政対応の方向性、修復コストの見積もりなど、データを用いて何を導き出すか──そこに専門家の力量が問われるのです。日々、現場に立ち会い、環境変数と格闘している計量証明事業者こそが、そのデータの背景や限界、意味を最もよく理解しています。
このような視点のもと、環境調査・計量証明の専門家が「調査」から「評価・提言」までを自ら担う体制は、単なる効率化ではなく、調査結果の説得力や信頼性を飛躍的に高める戦略でもあります。
特に、環境DDやTNFD対応、ESG開示のように、環境情報を意思決定の根拠として扱うケースでは、その情報が「誰によって、どのように意味づけられているか」が極めて重要です。測定結果が“独り歩き”してしまえば、誤解や過剰反応、不適切な対応につながりかねません。そうしたリスクを防ぐためにも、現場と制度、技術と戦略を横断的に理解する専門人材による総合的な評価が不可欠なのです。
ここで再び、オキュペイショナルハイジニストの在り方が示唆を与えてくれます。彼らは、法的要求だけにとどまらず、職場の実情に即した改善提案を行い、経営判断や労働者の健康保持に貢献しています。環境調査の専門家もまた、地域や社会の持続可能性、企業の自然資本マネジメントに貢献する「環境のハイジニスト」として、新たな役割を切り拓いていくことが求められているのです。
まとめ
環境調査・計量証明の専門家は、かつて「測る人」でしたが、これからは「考え、導く人」へと進化することが求められています。データを正確に取得するだけでなく、その意味を読み解き、必要な対応策を提言する力──それが、環境デューデリジェンスやESG開示、政策立案の場面で真に信頼される専門性です。オキュペイショナルハイジニストが職場の健康リスクを管理するように、環境の“健全性”を見守り導くプロフェッショナルとしての役割が、今後ますます期待されているのです。